考えごとのひとりごと

日々のふとした疑問、悩みごとをゆったり語る場所。

大学で学べたもの

無事、卒論を提出しました。

私の学科は口頭試問が無いのでもう出せばこっちのものです。口頭試問が無い時点でお察しですが、まあとにかく文字数稼ぎに勤しむんです、みんな。私は長文書くのが好きなので、文字を稼ごうとしなくても長くなる(本当は良いことではないのですが…)んですが、論文に「○字以上書け」という文字数制限があるために、とにかくいかに長ったらしい文章を書くかがコツになってきます。この制度、やめればいいのに。

大学の卒業論文は正直、100%の力を出し切ってやるものではないなと思いました。普段から勉強を頑張っていれば、論文とは別の、興味のある勉強をもうすでに始めているはずで、そっちに今の大切な時間を費やせないのが勿体ないからです。

8割の力で、とにかく提出期限や担当の先生からの「この日までにここまでやってくれ」という期日をしっかりと守る。先生とのコミュニケーションも密にとる。これで十分。誰も学生の全力がどれくらいかなんて知りません。「こいつ手抜いてるな」なんて意外と分かりません。体壊すくらいまでやるものとは思えません。

提出期限前日まで本文をがりがり書いている人が居て、先生もその子の論文を最後まで確認できないのによく大学に提出させるよなあと疑問に感じましたが、要はその程度のもの、ということです。(もちろん大学によりますよ)

 

さて、大学の最後の授業・テスト・レポートを終え、わたしが大学4年間で感じたことは、「勉強楽しかったなあ」と「いろんな人と会えて良かったなあ」です。

最初は部活に入ったものの、熱の入らない練習を続けるわりに拘束時間の長さに嫌気がさしてすぐに離脱、その後ブラックバイトを経験、委員会に入るも人間関係のもつれで辞め、人生初の彼氏ができて、ホワイトバイトを経験して、今に至るわけですが

もともとは受験でことごとく失敗して入った大学。学歴コンプレックスもありましたが「その分たくさん勉強してやる!」と、勉強は人一倍しました。やってみたかった統計学にどっぷり浸かった1,2年生を経て、今はプログラミングをやっています。

社会人になって専門的な勉強をしようとしても莫大なお金がかかります。

いろんな先生に出会って、いい先生も良くない先生も、「こういう風に考える専門家がいるんだ」と知れるだけで、大学生活は成功といっても良いと思うくらい。

楽単だから良い、サイコーってことではない。「その分野への愛を語ってくれて、難しいことを簡単に解説できる教養の持ち主」が良い先生。

 

そして、高校に黒歴史を抱えるわたしにとって「人間ってたくさん居るんだ~」と知れたことも大きな救いでした。もちろん人間関係で悩んだこともたくさんあったけど、そこから離れて、また新たな人とコミュニケーションを取ることを止めなかったのが良い薬になった。大学は良くも悪くも広く浅い人間関係ができるところ。それを生かすも殺すも人しだい。

 

先日、中学時代の友人と8年ぶりに再会しました。その子は女子大学に通っていて、絵にかいたような、ゆるふわ女子になっていました。

で、しきりに「共学ってどんなところ?」と聞いてくるんです。高大と女子校で「共学は男子がいて怖いところ」というイメージがあるらしく、普通に話していても「やっぱり共学は危ないところなのね」とそのイメージに持っていってしまいがち。

どうやら大学ではグループ派閥が激しく、彼氏が出来た途端にハブられるなど面倒な場所らしい。第三者であるわたしには愚痴を言ってくるけれど、たぶん大学では聞き役に徹しているのだろう。褒めても否定するし、「Fランだから」「共学は楽しそうでいいね」といった自虐もよくする。バイトもサークルもやったことがなく、この先は自営業を継ぐという。

そんな狭い世界に7年間もいては、感覚もマヒしてくるんじゃないだろうか…。「自分」を主張することを恐れているようでした。

 

世界は広くて、たくさんの人がいることを大学で学べたことは大きいのだなと、彼女を見ていると改めて思います。彼女はそれでも、狭い世界を好んでいる。でも、同時に窮屈な思いもしている。

わたしが人間関係に悩んだ節々でコミュニケーションを諦めていたら、きっと彼女のような世界に住んでいただろうな、とも思います。もちろん彼女も彼女なりの苦労があって、それをわたしは計り知ることはできません。それでもわたしは諦めることをしたくない。

社会に出たら、もっと学べることが増えるのだろう。それだけでちょっとワクワクするんだから。