考えごとのひとりごと

日々のふとした疑問、悩みごとをゆったり語る場所。

息抜きってむずかしい

久しぶりに書きます。こんにちは。

ITパスポートの勉強と卒論に追われていました…無事にITパスは合格したので、あとは論文に集中するのみです。

近況報告としては、ここ一週間でPCを新しくしました。ぱんぱかぱーん。

はてなブログって重いなあ…記事もすぐ落ちるし…って悩んで、毎回Wordから貼り付けていた(めんどい)のがバカみたいにさくさくです。動きがもっさりなのはサイトのせいだと思っていました、すみません。やっぱりスペックのせいでしたね。。

 

さて。

タイトルにもありますが、私は息抜きするのがど下手です。

過去に「自分にお金を使うのが苦手」といったことも書きました。↓

 

sunagimomo.hatenablog.com

新しいバイトを頑張りつつ試験勉強をしているうちに、まるで大学受験のころのように禁欲的な生活になり、バイト・勉強・家事しかマジでやらなくなっていました。

彼氏に「お前は自分を追い込む癖があるから、なにか余暇を見つけたほうがいい」と言われるものの「そんな暇があったら勉強しないと!!落ちたらめっちゃ後悔する!!

」とかなんとか言って結局体が悲鳴を上げる、みたいな生活です。

 

なんでこんな自分をぎりぎりまで追い詰める癖がついたんだろうと振り返ると、

・小学生のころ、テストで100点を取らなければ認めてもらえなかった(取ったとしても「小学校のテストで100点なんて当たり前だ」と言われる)

・親が偏差値ばかり気にするので、高校受験は勉強漬けだった

・中学の部活は運動部にしなさいという母親からの命令があった(結局心身ともに悲鳴をあげる)

とにかく「過程」より「結果を出しなさい」みたいな家庭だったからかなあ、という結論に至りました。

結果を出さなければ、家から追い出される。最悪死ぬしかない。と思って、生きてきた節があります。そのツケが、「自分に厳しくしないと生きてはいけないんだ」という発想に繋がったわけです。

 

昔から、理不尽に怒られるとよく「自分はここにいないんだ」という幽体離脱に近い気分になる現象がありました。そういう時には目の焦点をわざとずらしてゆらゆら彷徨うのが好きでした。中二病感がすごいですが幼少からの話です。(それが原因なのかひどい斜視です)

「自分はどこにいるんだろう」「わたしの人生は親のものなのだろうか」「なぜわたしはここにいるのか」みたいなことをしょっちゅう考えていたため、客観的に自分や他人を見るのが得意になり、今もこうして自己分析の日々です。

「そんなつらい過去は忘れてしまいなよ」と言われることも多いですが、わたしはむしろ勲章のように思っていて、つらい記憶は生きた証です。同じように家庭環境で悩んできた友人たちと話したりして、どこかで「私だけじゃないんだ」と思ってくれればと考えています。

なので、こうして今も文章を書いてます。(こういう話とはまた別の話も多いですけどね!)

 

自分にお金を使ったり、時間を使ったり、そういうのはあまり生産性のあることではないし、そんなに自分を甘やかして罪悪感が増すだけ。そんな気持ちが今もありますが、そうやって無理をして体を壊したときのほうがかえって人に迷惑をかけるし、なるべく上機嫌でにこにこしてるほうが周りにとっても精神的に良い。

…と、わかっちゃいるけど…無理をしてしまう。

これはもはや自傷行為だなと、最近思ったんです。

目に見える傷ではないけど、自己犠牲という面では変わりありません。

 

無理な案件もすべて引き受けて全部だめにしてしまう人と、無理なものは断って、いいものを仕上げる人なら、後者のほうが仕事が舞い込んでくるに違いありません。

自分の価値を、自分で下げないように。無理な仕事を断れるように。今日から心がけよう。