読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ココロをいたわるブログ

言えないけど書きたい心の声

恋愛の「甘え」と「頼る」の境界線

なぜか、わたしは恋愛相談を聞く機会が多い。

今の彼氏と付き合って1年半と恋愛経験値はそんなにないけど、下手に共感せずに話だけ聞いてるだけ、というわたしのスタンスが、向こうにとっても楽なのかもしれない。

今日もその日だった。

 

大学のサークルの先輩後輩で付き合い、なんだかんだ同棲してもうすぐ3年になる友人。現在社会人の彼と就活生の彼女。お互いにすれ違い「わたしの気持ちを察してくれない!」とケンカしたばかりらしい。

とは言うものの、「彼氏に「察してほしい」とか「デリカシーがない」とよく言っているけど、具体的に彼にどうしてほしいの?」と訊くと、案外頭を悩ませる。

具体的に「こういうことは嫌」「これをしてくれると嬉しい」ということがぼんやりしてる状態で「わたしの気持ちを察して」「わかって」と言っても酷だろう。。。ちょっと彼に同情してしまった。

そう言って来月あたりにはまたラブラブに戻ってるんだろうから、女ってわからないもんだ。

 

まあそんなたわいもない話も多いけれど、けっこう重めの話も聞くことがある。

(トラウマある方はスクロール注意)

 

「彼氏におやすみとおはようのラインを送らないと怒る」「怒ると怖いけど普段はとっても優しいの」と話す知人。(そのあいだにも彼氏からの着信が止まらない)

突然に、コンドームなしでしたい、と思いつきで言われて、はじめて違和感を覚えたらしい。

「そういえば、セックスのときは痛いのに全然配慮してくれなかった。この前もしたいからと急に呼び出されたし…」と思い出すようにやばいエピソードを連発するので、「いや、そうなる前におかしいと思わなかったの?」ときくと「初めての相手だからそんなものだと思ってた…」。

 

彼氏が細い筋肉のつかない体型にコンプレックスを持っていて、ぽっちゃり体型を気にする彼女をあの手この手で痩せさせようとする人にも出会った。

 

そもそも、就活していると揉めるカップルは数知れず。

とくに上京組は泥沼で、「わたしは田舎で就職したいから、あなたも付いてきて。じゃないと別れるから」という爆弾を投下したりする。

 

たぶん、みんないつの間にか、

恋人があくまで他人だということを忘れてるんじゃないか。

「察してほしい」「わかってほしい」という気持ちも、体型のコンプレックスを恋人に押し付けるのも、自分と恋人の境界線がぼやけている。DVを受けてることに気づかなかった知人も、その状況を客観的に見る事が出来ないでいた。

わたしは割と親しき中にも礼儀ありだと思っているし、彼氏はほめて伸ばしつつ外へは良い意味で泳がせておいて、ふと戻ってきたときに「あれ、こいつの隣は心地よい場所だなあ…」にさせたほうがお得だと思う。(まあ、理想論でしかないけども)

 

自分が何を求めているのか分からないのに、分からないまま、その瞬間感じた違和感やもやもやをとりあえず相手にぶつけている。

これを「甘え」というのではないかと思う。

「これをされると傷つく」「こういわれると嬉しい」「次はこうしてほしい」そうしたオーダーは、相手に幾分かお願いするから、その内容には責任が伴う。

「やっぱりこれは違った。あまり嬉しくなかったわ」なんて変更も、自己完結できないので再度オーダーする必要がある。

これが「価値観のすり合わせ」でもあり「頼る」ということなのだと思う。

 

さて、わたしたちはきちんと出来ているかな。

今度ふたりで会った時、話してみよう。