ココロをいたわるブログ

言えないけど書きたい心の声

「○○したら良かったのに」という子どもの叱り方は今すぐやめておけ、という話

自分の親を見ていても思うのだが、

「ほら、お母さんの言う通りにしておけばこんなことにはならなかったのに」

という叱り方をする親をけっこう見かける。

 

「こうすれば良かったのに」という親の言っていることは、そりゃあ正しい。

もちろん子どもも分かっている。

「対策をちゃんとしておけば、間違えることは無かったはずなのに」という過ちを、子どもはアホなほど繰り返してしまう。

親心から、正解を教えたくなる気持ちも分かる。

 

しかし、そうして育つ子ども(わたし含め)は、自分で物事を考え、行動することを知らずに育つ。

レールに乗っかる安定感にしがみつくもんだから、緊急事態になると思考がすべてシャットダウンされる。

 

こうした、「のに」という叱り方は、積もり積もると子供にとってはかなりの精神的ダメージになるとも言える。

私の母の口癖がこれ。

私の性格を形成する上でかなりの足かせになっていたのだと、最近になって気づいた。

 

行動する前には他人が「そんなことまでするのか」と引くくらいまで事前準備しないと恐怖で前に進めない。

「準備不足ですみません」なんていう失敗がめちゃくちゃ恐ろしいし、ふがいないし、許せない。

 

大学に入るまで私は、自分の考えていることはたいして意味が無いものだと思っていた。

「こんな私だから、だれかの役に立たないと、生きていけない」とも思ったこともある。でも状況を変えたくはなくて、なんとか生きていた。

 

高校卒業後、実は高校で3年間いじめに遭っていたことを母親にそれとなく告白した時、

「無理に進学校なんか行かずに、やっぱり別の高校にすれば良かったのに」と言われ、

「私の3年間は無駄だったのか」とひどく苦しんだ時期がある。

というか、今でも言われる。

 

「こうすればよかったのか!」という答えは親が提示してはいけない。

そして、たとえそれが間違っていたとしても、大抵のことには目をつぶってほしい。

 

子どもに考える余地を与えないということだけでなく、親が一緒になって考えてあげることを放棄しているので、「自分に関心を持ってもらえていない」と、自尊心まで傷つけてしまうおそれがある。

 

「あの時ああしていれば」と過去の事にいつまでも引きずられると、いつまでも悔やんで反省し続けなくてはならない。これがけっこうしんどいのだ。

 

いつか、私に子どもが出来たら、一緒に「なぜ?」を考えられてあげられる親でありたいと思う。