ココロをいたわるブログ

言えないけど書きたい心の声

ACにも多い、HSP(人一倍敏感な性格)を知ってちょっと楽になった話

今回はACとHSPについてのお話。

HSPはHighly Sensitive Personの略,つまり「人一倍敏感な人」。AC関連の本を読み漁るなかで、この言葉を知りました。

人一倍、感受性が高い。音や光やにおいに敏感。他人の考えていることがテレパシーのように分かる。他人が怒られていたりイライラしているのを見るとこっちまでなぜか具合が悪くなる…などなど。

生まれつきと言われますが、小さいころから家庭で緊張状態にあったACにも多くみられるのだそう。環境がものを言うのかもしれません。

わたしはかなーり当てはまるので、自分だけじゃないんだーと安心しました。

 

本屋でACを調べるたびに自分のトラウマがフラッシュバックして、めちゃくちゃ辛い気持ちになるんですが、良いこともあって、最近母親のことを客観的に見られるようになりました。

母親はわたしが大学4年になった今でも「明日は学校だから早く寝なさい」「宿題はやったの」など、まったく変わらないんですね。わたしにいつまでも子どもでいてほしいらしいんじゃないかと気づいた時に、ふと我に返りました。

多分、もう実家からは離れなきゃだめだ。

わたしはいつの間にか、小学校のころの両親のケンカがトラウマになってて「わたしがいないと別れちゃうのでは」と心配してました。でもまあ、先ほども言った通り、今も変わらない。ケンカばかりです。もう、わたしがどうこう言っても親は変わらないんですね。「あの時もっとこうしてほしかった」と言ったところで、謝るような親でもないので、ACは自分で乗り越えなきゃいけないのだと気づきました。

親を変えるのは無理だ。自分が変わるしかない。

 

 

ちなみにネグレクトを受けていた友人(女性)は、せっかく大学入学とともに親元を離れられたのに、同棲している彼氏と就活をきっかけに揉めたことでまた実家に戻っているよう。何度も母親の共依存で相談を受けていたのに、なんだか気が抜けてしまいました。

コントロールしようとする母親・過保護な母親と、ネグレクトする母親は、ある意味対極にいる存在。

その子どもも、人間関係への執着の仕方に違いがみられるのかもしれない。前者は深い関係になるのを恐れ、後者は構ってもらえなくなると愛情を試すのではないかと、まわりのACを見て感じる、今日この頃です。

「きみが一番好きだよ」=「御社が第一志望です」

無事に内々定をいただき、就活を終えることができました。

今日はそんな就活話。

 

とはいえ、ここのところ、内々定を頂いた会社で本当に良いのか悩んでいました。大学の就職課に相談しに行ったり(実は内々定後に就職課を初めて利用した)、改めて就職本を読んだり…。

「結局のところは働いてみないと分かんないよ」と色んな人に言われ、「どうやら確かにそうらしいな…やってみるか…!」と悟りを開けるようになるまで、かなり時間がかかりました。

マリッジブルー」のように「内定ブルー」なんて言葉があるらしい。初めて知りました。まさにその状況ですが、入社を決めたものは決めたのだと、うまく切り替えられるようにしたいもの。。

 

今年も早速、内定率を知らせるニュースが出ています。「3割がもう内々定を取っている」とか風の噂で聞きますが実際のところはこのようです。

 

・2018年卒学生の4月末時点の内々定率は、前年同月比4.1pt増の23.0%(2017年卒4月:18.9%)で、前月と比べると16.7ptの増加。

内々定を複数企業から受けている学生の割合は28.0%。

という内容から、一見「今年は内定率が高いんだな」といった具合ですが、

・理系男子が28.4%で最多となり、理系女子が25.9%。

・一方、文系男子は22.2%、文系女子は18.1%

一番高い理系の数字を取り上げているだけなんですね。報道の見出しって本当にてきとー。

 

就活を振り返ると、いろんな会社、いろんな学生がいるもんだと身に染みて分かりました。

どれがホワイトでどれがブラックなのかは、その人の譲れない条件がどこにあるかで変わるんだという事も分かりました(命にかかわるレベルを除けばの話だけど)。

そして、その条件はこっちから質問で聞かないと、大抵開示してくれません。てか聞いてもはぐらかされたら、その場でこっちから願い下げればいい。

説明会で「質問はありますか?」に誰も質問しないこと、しょっちゅうなんです。苦手教科の授業の挙手でもないし、みんなで手を挙げればこわくない。そう思いました。雰囲気めちゃ悪くなるから…。

 

そして、これが大事なんですが

自分の周りの友人や恋人との今後の関係を、客観的に考える機会でもありました。

 

・個人的には、「就活の進捗をTwitterやLINEで全体にむけて言う」のはマジで地雷だと思ってます。言う必要があるときは個人で。LINEひとことやタイムラインで「就活おわった」「進捗やばいです」「もうダメかも」とか言う人が最近になって増えたので、もう阿鼻叫喚です。受験時にも言えること。

受かった時に「おめでとう」と言ってくれる友人は大事にする。「いいなー」「ずるい」「私なんて…」と言う人は今後の付き合いを考える。出世、結婚、出産…、これからライフイベントごとにデジャヴが起こる予感。

・就活をめぐってカップルが別れるケースが多いが、だいたいは恋人の進路をコントロールしようとする束縛が原因。「地元で就職するから付いてきて。じゃないと別れる」と言ってフラれる、大学の授業があったときは毎日のように会っていたのに、授業も無いし就活で忙しいしですれ違いが起こる、が周りを見ていると多い気がする。(わたしも気を付けよう…)

 

月並みな感想ですが、良くも悪くも、自分を振り返るいい機会だなと思いました。

就活はよく恋愛に例えられますがまさにその通りで、

合コン(合同説明会)で良い人(会社)を見つけ、連絡先を交換(エントリー)して面接(デート)まで進む。

「きみが一番好きだよ(御社が第一志望です)」と言いながら。(実際、「一番好き」と言ってる時点で二番、三番がいるんだよね?と思ってしまう)

 

そんな中で、自分を飾って意識高いこと言ったって自分に合った相手なんて見つかるはずがないんですね。毎回のデートで10万かけてベンツをレンタカーしたら疲れます。

たまにはラーメンでもいいよ、いやわたしはイタリアン一択よ、そんな価値観が合うところが一番ミスマッチの少ない会社選びになるのだと思います。

 

これからは仕事に使う知識の予習にシフトしていき、自立のための資金集めをスタートする予定です。大学の図書館でたくさんの本も読みたい。学生でいられるのもあと少し、楽しみながらがんばるぞー。

恋愛の「甘え」と「頼る」の境界線

なぜか、わたしは恋愛相談を聞く機会が多い。

今の彼氏と付き合って1年半と恋愛経験値はそんなにないけど、下手に共感せずに話だけ聞いてるだけ、というわたしのスタンスが、向こうにとっても楽なのかもしれない。

今日もその日だった。

 

大学のサークルの先輩後輩で付き合い、なんだかんだ同棲してもうすぐ3年になる友人。現在社会人の彼と就活生の彼女。お互いにすれ違い「わたしの気持ちを察してくれない!」とケンカしたばかりらしい。

とは言うものの、「彼氏に「察してほしい」とか「デリカシーがない」とよく言っているけど、具体的に彼にどうしてほしいの?」と訊くと、案外頭を悩ませる。

具体的に「こういうことは嫌」「これをしてくれると嬉しい」ということがぼんやりしてる状態で「わたしの気持ちを察して」「わかって」と言っても酷だろう。。。ちょっと彼に同情してしまった。

そう言って来月あたりにはまたラブラブに戻ってるんだろうから、女ってわからないもんだ。

 

まあそんなたわいもない話も多いけれど、けっこう重めの話も聞くことがある。

(トラウマある方はスクロール注意)

 

「彼氏におやすみとおはようのラインを送らないと怒る」「怒ると怖いけど普段はとっても優しいの」と話す知人。(そのあいだにも彼氏からの着信が止まらない)

突然に、コンドームなしでしたい、と思いつきで言われて、はじめて違和感を覚えたらしい。

「そういえば、セックスのときは痛いのに全然配慮してくれなかった。この前もしたいからと急に呼び出されたし…」と思い出すようにやばいエピソードを連発するので、「いや、そうなる前におかしいと思わなかったの?」ときくと「初めての相手だからそんなものだと思ってた…」。

 

彼氏が細い筋肉のつかない体型にコンプレックスを持っていて、ぽっちゃり体型を気にする彼女をあの手この手で痩せさせようとする人にも出会った。

 

そもそも、就活していると揉めるカップルは数知れず。

とくに上京組は泥沼で、「わたしは田舎で就職したいから、あなたも付いてきて。じゃないと別れるから」という爆弾を投下したりする。

 

たぶん、みんないつの間にか、

恋人があくまで他人だということを忘れてるんじゃないか。

「察してほしい」「わかってほしい」という気持ちも、体型のコンプレックスを恋人に押し付けるのも、自分と恋人の境界線がぼやけている。DVを受けてることに気づかなかった知人も、その状況を客観的に見る事が出来ないでいた。

わたしは割と親しき中にも礼儀ありだと思っているし、彼氏はほめて伸ばしつつ外へは良い意味で泳がせておいて、ふと戻ってきたときに「あれ、こいつの隣は心地よい場所だなあ…」にさせたほうがお得だと思う。(まあ、理想論でしかないけども)

 

自分が何を求めているのか分からないのに、分からないまま、その瞬間感じた違和感やもやもやをとりあえず相手にぶつけている。

これを「甘え」というのではないかと思う。

「これをされると傷つく」「こういわれると嬉しい」「次はこうしてほしい」そうしたオーダーは、相手に幾分かお願いするから、その内容には責任が伴う。

「やっぱりこれは違った。あまり嬉しくなかったわ」なんて変更も、自己完結できないので再度オーダーする必要がある。

これが「価値観のすり合わせ」でもあり「頼る」ということなのだと思う。

 

さて、わたしたちはきちんと出来ているかな。

今度ふたりで会った時、話してみよう。

苦労することが目的になってない?

今日は久し振りに、嫌なことをNOと言えた。

大学のゼミの飲み会のお誘いだ。

他の人にとっては小さいことかもしれないけど、断れない性格のわたしにとってはすごく大きいこと。それをやってのけたのだから、一歩前進できた気がする。

やっぱり飲み会はいつやるかより誰が来るかが問題なんだ、と知った。

次からは、初めは「予定は未定」で出席出してぎりぎりまでメンバーを確認して検討することにしよう(幹事ごめん)。

 

卒業論文を代替課程で回避しようとする人が相次ぎ、去年のメンバーが今年は散り散りになった。去年のメンバーは正直微妙だったので、まあ、その分真面目な人が集まってまあまあ居心地のいいゼミになったな、と思っていたところだった。

なんと今後は、去年のメンバーも交えての飲み会になるという。えええ。

 

わたしと同じ日程に〇を付けたのは、地雷がどこにあるか分かんない(とくに女子へ幻想を抱いている)デリケートなギター弾きのウェイ、2年前に二人でデートしたけどクソほどつまらなくて速攻距離を置いたらその後急速に太ったぽっちゃり君と、わたしに仕事を押し付ける責任転嫁が得意なサブカル女子。この3人が飲み会に来ると聞いてうわあ…となった。

でもこれ、今までなら我慢して行ってた。

 

けれど、最近自分をAC(アダルトチルドレン)と気づいて、人に嫌われることを極端に恐れる欠点を知ったわたし。これは自分の殻を破るチャンスと思って良い訳を作りなんとか脱出した。

(直後にサブカル女子も「わたしも予定つかなくなりました~」と断ってきた。まるでわたしと共謀したかのように…。こういう、わたしの真似をしたり、トイレまでとことん付いてきて自分の地位を確立するタイプの女子に何度泣かされたことか…←女子あるある?

 

自分の居心地がよいように、自分の時間を使っていいということ。そのためには嫌なことは断っても良いんだということ。これまで知らなかった。

自分にお金や時間を使って「よく頑張ったね」と甘やかしても、罰は当たらないらしいぞ、わたし。

就活やってても、毎日休む間もなく忙しいことで自分は就活をしているという安心感を得られる人がいる。「最近3時間しか寝てねーわ」とかね。本当に出来るやつは能力を買われてスカウトされるので、何十社も受けずとも内定なんてとっくにもらっているんだけど。

 

わたしも周りも、いつの間にか苦労することが目的になってる気がする。

 

10時ごろにやってる主婦の情報(討論?)番組で「自分の子どもに苦労をさせたほうがいいと思うか?」というアンケートに7割の主婦が「苦労させたほうがよい」と答えていたが、子どもなんて勝手に外で苦労をしているもんだ。学校で、登下校で、放課後の校庭で、友人関係や成績、ませてたら恋愛にも悩み事は絶えないと思う。

家でも「100点以外は認めない!」と厳しく育てられた優等生仮面のわたしからすると、せめて家庭では認めてやって、家は(もしかしたら唯一)自分の味方になってくれる居場所なのだと感じていれば、よそでも「必要な苦労なら受けて立とう」「これは不必要な苦労だからやらない」と勝手に判断力を磨いてくれるんじゃないかなと思う。

これを「めんどくさがり」と批判することはない。「めんどくさい」と思うことに親が「やりなさい」と言ってもやらされているだけになってしまうのだから。「やりたくない」のか「やる気が出ない」のか「変化を怖がっている」のか、という心理状況に目を向けてやればいい。やるかやらないかは本人次第だ。

 

わたしはこうして、自分の文章を書くことが好きだから、現時点で1437文字を書いていても全然苦にならない。だから卒業論文2万字なんて足りないだろとすら思う。でもそれが嫌で代替単位になる教科を取る人もいる(なぜ大学に…?)。

どんなことに苦労して、楽するのか。どんな趣味をもって、どんなことにお金を費やして、どんな人に恋するのか。そんなの自由だ。そのルールとして法律ってものが定められているから、反対に言えばそれ以外は、自分で責任とれれば何したっていい。

 

わたしもそうだし、ほかのACの方にとってそれを実感できただけでずいぶん楽になるんじゃないかな。

 

趣味を否定されたり、着ているものを似合わないと言われたり、けっこう傷つくこともあるけれど、他人を否定して自分を上げようとする人の中身を見てみると案外空っぽだったりする。世の中で流行っているだとか、結局人任せの水準で生きていることも多い。

自分で自分に落とし前つけて、幸せから逃げずに、生きていきたいものだなと思った出来事だった。飲み会分の浮いた3500円+交通費2000円で、わたしなりの楽しみ方をすればいい。

無理な人付き合いは避ける、というミッション、これでなんとか乗り越えていけそうな気がした。

学校のキャリア教育は鵜呑みにせず参考にしようって話

就活をしていて思うのが、「大学の就職課が言っていることと全然違うじゃん!」って思う事がありまくること。まあ毎年おんなじレジュメでおんなじ内容を教えてるんだろうからそりゃそうだわなって感じなのですが…。

「就活は人それぞれでいいんだな」と思ってよいことと、「いやこれは皆と同じようにやっとかなきゃあかんわ」ってことの線引きって難しい。でも、自分なりに考えておかないと泥沼。いつまでたっても終わらない人は、そこを人任せにしているケースが多々あります。

ということで、周りの就活生も客観的に見た中で、わたしが疑問に思っていることをまとめてみました。(もしかしたら皆言わないだけで「それな!」って思っているんだろうか?)

 

・大学の就職課の言う事すべてを信じこみ、ある意味「人任せ」にしてしまう

大学には、デカいか小さいかはさておき就職課(キャリア課・キャリアサポート課などかっこいい名前のとこもある)があります。そこに相談することは全然良いことですし、むしろ全く利用しないとなるとやばいんですが、宗教かよっていうくらい信じ切っている人が少なくないんですね。

「住所のふりがなに、301『号室』にも『ごうしつ』と書きなさいと言われた。マンション名のカタカナにもふりがなを振れって言われて、書ききれないよ~」と言う友人。「いやいや、カタカナにまで付けるのはやりすぎでは…?」と言うと、「でも、就職課の職員の人が言ってたから大丈夫!」。

「自分だと文章にするのが苦手なので、自己PR文を考えてもらいました!」という強者もいて、もはやそれ著作権大丈夫…?と聞きたくなるエピソードも。

就職課の職員さんも人間です。「履歴書・ESの添削お願いします!」と言うと、あら探しして「ダメなところ」を見つけようとします。そういう職員さんがダメということではなく、大切なお仕事なんです。客観的にダメ出ししてくれる人なんてなかなかいません。

なので、誤字脱字や接続詞など「日本語的に間違っている」という指摘、履歴書のこれはお約束!な書式が出来ていないなど「常識的に間違っている」指摘については素直に受け取り、内容に関しての指摘は鵜呑みにせず参考にすること。提出するのはあくまで自分の言葉・文章にすることが大切なんじゃないかなと思うんです。先ほど挙げた人達の文章には一貫性が無い印象を受けたので…

 

・とりあえず手帳を予定で埋めまくらないと心配

とりあえず何十社と受けまくろうとすると、スケジュールがきつすぎて体調を崩しかねません。しかもなぜか体力に自信が無い人ほど身体に鞭を打って手帳の予定をびっしりにします。真面目なんだろうけれど…。このスケジュール感覚は社会人になっても続くと思うのでわたしはかなり気を配ってます。

そもそも「同業他社がある中、なぜうちを?」の質問に答えられないのではないか?もしくは「御社のビジョンに共感して…」など他にも使いまわせる程度の意識たかいたかい返答になるのでは?とも思うんですが…どうなんでしょう。こういうのを要領よくこなす人がほんとうに出来るやつなんだろうなあ。

 

・業界にこだわる人ほど業種はどうでもよい。業種にこだわる人ほど業界はどうでもいい。

「俺は営業やるんだ!」って人ほど、受けてる会社の業界や、会社自体の目指してる目的がばらばら。「○○業界に入りたい!」って人ほど、職種はなんでもいいから入るんだって言う。

大学は会社名で就職の実績を残したいので、分かりやすいBtoCだったり金融だったりを推すんですね。「どんな働き方をしたいのか」というところを考えさせるキャリア教育は実はあまりありません。思考停止に追い込む形が多いので、それに自分で気づくことができたら冷静に業界研究ができるのかな(もちろんそこは教育が変わったらいいのですが)と思います。

 

・「40年後も生き残る会社を選びなさい」と「今の時代、転職も視野に入れた会社選びをしなさい」のダブルスタンダード

40年後が分からないから苦労しているんですけどね…。

こういうことを言うのは年配の方に多いです。「女の子は年をとるのが早いからねえ」とセクハラまがいのことを言われたので、指導を受ける人は年齢や性別が偏らないほうがいいかもしれません。

 

 

と、ここまで書きましたが、

つまりは「就活なんて人それぞれなんだ」ということを教わらないと、「就活生のあるべき姿」とのギャップに苦しむということ(わたしもそうだった)。

学校の広告にもなるし大手就職支援会社に委託すればそれでいいやーというのはあんまりですね…。

利用する側も、「アドバイスいただいてありがとうございます。(あくまで)勉強させていただきます」という心持でいたらいいのかな、と思う次第です。

AC克服をめざして行動したら、生きやすくなってきた

こんにちは。すなぎもです。こちらの記事のつづきです。

 

sunagimomo.hatenablog.com

 

就活が始まって1か月半。早い段階でやりたいことを決め、業界・業種ともに絞って就活を行っているのですが、じつは母親は技術職の仕事にあまり理解を示してくれていません。「女の子は事務でお茶くみコピー取りでいいのよ」ってな感じです。

ただ、「この人はわたしにとりあえず反論がしたいだけなんだ」と気づいてかなり肩の荷がおりました。思い返してみれば、今日と明日で言ってることが違うなんてしょっちゅうで、一貫性のないことばかり言われていました。わたしが事務をやると言えば、それはそれできっと反対してきたでしょう。

最近、わたしはわたしの人生を歩むのだということの意味が、ようやく分かってきました。

面接でもいっさい飾らずに、台本も用意せず、自分の言葉で挑んでいます。(キャリア課のアドバイスは真逆ですが)

けど、それを評価してくれる人もいるのですね。面接官の方に「ありのままの君を見せてほしいんだよ」と言っていただいたときには「わたしって素を出して他人と接していいのか、まじかよ」と、なんだか自分のすべてを許される気がしました。

自分でもびっくりしているのですが、AC克服と就活、同時進行の今が一番生きていて楽しいです。大変なことも、自尊心ひとつでこんなにも捉え方が変わるなんて思いませんでした。(何十社も受けるようなきついスケジュールにしていないからかもしれませんが)

 

もちろん就活だけでなにか変わるのはむずかしい。下の記事の内容を参考に、AC克服を目指すことにしました。

ac-happyskill.com

 

 

 

 

・ネガティブになる物を捨てる。

わたしも病んでる感じの曲に浸るのが好きです。アリプロ少女病の曲はいったんiPodから抜くことにして、ゆずやポルノグラフィティなど明るくてテンポの良い曲を聴いています。

個人的には無駄に明るい「かわいい私、すごいぞ私!今日も頑張るのよ!」的なものは聴いててついていけないので、無理のない範囲がよいと思います。

 

・ネガティブな人間関係を捨てる。

嫌なことを断れない性格なので、これからの課題です。女子あるある~な、一緒にトイレに行く、一緒に帰る、(大学で)一緒の授業に出るなどのなれ合いは断ることが出来ました。

 

・過去のトラウマの浄化

→小中高と感情を殺してなんとか生き延びていたので、「つらかった」という過去には蓋をしていました。でも過去と向き合わないままだと、日々の小さいことが引き金になってトラウマを思い出して辛くなることが多いのです。過去のトラウマを洗い出すのは、自分で自分を認めてあげるための第一歩かもしれません。

 

毒親への執着を捨てる。

親に認められて物質的にプラスになるのは成人する前(高卒なら高校卒業)までです。親に褒められたからって給料が上がるわけでもないし友達が増えるわけでもない。

小さいときは、親の機嫌をうかがわないと育ててもらえなかったから仕方なかったけれど、わたしは今、親にどう言われても生きていられる自信がある(自殺を踏みとどまったため)。

実家暮らし大学生なので今すぐには家は出られませんが、精神的な自立は今のうちだと思うようになりました。親にはなにをしても認めてもらえないし、一貫性がそもそもないので、そんな人に認めてもらってもなあ、と言う気持ちもあります。

 

・マイナス思考を捨てる。自信・自尊心をつける。

「わたしなんかが生きててごめんなさい」思考が長らくこびりついていたので、「自分に自信が無いの」と恋人に相談したところ、

おれやまわりの友達はお前を良いと思っているのに、自分を否定したら、その人達の価値観をも否定することになる。それはおれや友達にも失礼だよ」と教えてくれたことが心にしみました。

心配性やマイナス思考は、裏返せば、他の人が気づかないデメリットに気づき、先回りできるという強みにもなります。行動力があってポジティブな人だって、「何も考えずに突っ走って逆に迷惑」というときもあるのです。

わたしは別に「マイナス思考で生きたっていいじゃん」って思います。変えようとしてストレス感じるよりはマシ。そういう意味ではポジティブになるのかもしれませんが。

 

・自分の素を出す。言葉にして伝える。

わたしの場合は面接です。あらかじめ志望動機や自己PRは意識たかいたかいな台本を用意しておくのが鉄板ですが、いっさい作らずにやっています。

ちょっと言葉に詰まっても嘘吐くよりはいいですし、演技して入ったら入社後のミスマッチがえげつないんじゃないかというのが一番の理由です。(というか、志望動機が浮かばない会社は自分が行きたい会社じゃないんだから受けないほうがお互いのため…なぜみんな受けまくるのか)

ただ友人関係については、これまでスクールカーストにのっとって決められた人としか交流できなかったので、「友人を選ぶ」というのは得意ではありません。この人嫌だなあと思ってもズルズル付き合ってしまったり…。そういう人には、軽い対応はするものの依存はされないようにする大人の対応をできたらいいなあというのが今後の課題です。

 

 

……こんな感じで、自分の感情をアウトプットするのも大事だな、と思います。

ぐるぐる思考をめぐらせて寝れないのなら、一度紙に書いてみる。そしてこれは起きた後の宿題にする。そうしたうちにきっと、紙が無くても自分のなかで整理ができるようになるのかも。勉強ができるひとほどノートを取らないように、だんだん要領がつかめてくるんじゃないかな。

新学期が始まって図書館で何冊か毒親関連の本も読んでいるので、今後はそちらの事も書いていけたらと思います。就活についても、おいおい書きます。キャリア教育って謎だらけですからね。

それでは、また。

「生きづらさ」の原因を探るため、整理して書き出してみる

毒親について、本やネットで調べものをしています。

「いやお前就活中だろ」と言われそうですが、そんなにスケジュールを詰めてはいないし、なにしろこれが自立への一歩だと信じて合間を縫ってやってみています。

 

books.rakuten.co.jp

この本は読んでて泣きそうになりました。あるあるが詰まっています。

 

恋人に、「過去のことをぐるぐる悩みすぎて、現在に目を向けられていないよ」「いやなことは断る勇気を持ちなよ」と厳しくも優しいアドバイスをもらっています。ここまで暗い過去の話をしているのに大切に想ってくれる、本当にありがたい存在です。

昨日、彼に「遅れた反抗期だね」と言われて、衝撃を受けました。

そうか、普通のひとにしてみれば、反抗期や親不孝だと思われるんだろうなあ。わたしにしてみれば、これは生きるか死ぬかの問題なんだけれど。実際に死のうとしていたこともあるし。

「親が原因で生きづらい」ということは子どものせいじゃないのに。でもこれは、環境のちがい、仕方のないこと。誰にも分かってもらえないのかもしれない。辛いし、怖いけれど、せめて自分は「辛かったね、でも生き延びてくれてありがとう」と、当時の自分に言ってあげたい。自分のことを自分で認められるようになりたい。幸せから、もう逃げない。

 

そう思って、こちらの記事にあった「感情を吐き出す」ということを日記帳にしてみました。で、このブログにもその文章を残しておきます。

ac-happyskill.com

自分が見直す用ですが、もしおなじ毒親育ちの方が見ることがあったら「あるある!」って思ってくれたら嬉しいなあ。

 

①親にされて辛かったことを、具体的に、思いつく限りかきだす

・仕事やお父さんの愚痴を延々と聞かされる。口答えしたり聞かなかったりすると怒り出す

・掃除など家事をすると「今やろうと思ったのに」「やり方が違う」と怒る

・「橋の下で拾ってきた子だ」と言われた

・どんなに成績がよくても「100点は当たり前だ」と褒められなかった

・人前で恥ずかしいエピソードを披露されて恥をかかされる

・わたしの目の前で夫婦喧嘩をはじめる

・母や父の機嫌が悪いことをそれぞれ「お前のせいだ」と言ってくる

・褒めずにけなす

・「ごめんね」をほとんど聞いたことがない

・わたしのスケジュールを事細かに把握したがる

・わたしの友人関係にママ友の事情を挟んでくる(「あの子のお母さんがおかしいから友達にならない方が良い」)

・性的なことをいっさいタブーにする。避妊のことなどきいたことがない。

・面接のようす、受験のようすをきいてくる

・人の悪口や不幸な人のエピソードを聞いて「うちはこの人よりも平和で良かったな」と言う

LGBTへの「気持ち悪い」という言葉

・他の親の悪口を言って「わたしは間違っていない」と言って欲しがる

・学納金を現金で見せて「こんなお金が一瞬で消えるんだぞ」と言う

・「誰が育ててきたと思っているんだ」と言う

・わたしの体型のコンプレックスを指摘するくせに、ご飯は食べろと言う

・ご飯の時間、お風呂の時間など家族に合わせなければならない

・バイト先でわたしから見えないところに隠れて来ていた

・「女らしくいなさい」と遊戯王などを反対された

・最近は自立を阻害される

 

②本当はそのとき親にどうあって欲しかったと思うか

・愚痴を聞きたくなかった。聞かせるなら最後に何らかのフォローを入れて欲しかった。結局両親は好き合ってるわけではないのかもしれないと予感した。

・「ごめんね」も「ありがとう」も言ってほしい

・「お前にできるわけない」ではなく「できたらいいね」にしてほしかった

・「甘えるな」「頼るな」ではなく「人と支え合って生きていきなさい」と言ってくれたら生きやすかった。両親は支え合っても頼ってもいないのだろうか。

・21歳にもなってスケジュールを把握されるのは辛い。

・性的なことをタブー視することは、わたしが生まれたこと自体良くないことだったと思いこんでいた。愛し合う行為だと一言言ってほしかった。

・母が父の、父が母の機嫌が悪いことをわたしのせいにするのは、お互いの気持ちもカバーしきれない子供の恋愛にすぎないと思う。

・「女らしくいなさい」と言われることも生きにくい要因だった。なんであれお前なのだといってほしかった。

・「誰が育ててきたとやっていると思っているんだ」には「誰が産んだと思っているんだ」と返したい。わたしは望まれなかったのか

・人前で恥をかかされるより褒められたかった。私より世間体が大事なんだろうことはわかっていたが、じつはその都度自殺を考えていた。

・わたしの目の前で夫婦げんかをするのにはなにか意図があるのか?見せつけたいのか?どうであれ見たくはない。

・自立を阻害するのはわたしに構ってほしいから?そろそろ大人になってほしい。

 

③現在、普段の生活で生きづらいと感じることはなにか

・人に本音を言うのがこわい

・嫌なことを断れない

・幸せになるのがこわい

・人のためにならないと生きている価値が無いと思う

・休むことに罪悪感がある

・自立を阻害してくること

・人に嫌われるのがこわい

 

④それぞれに対して、親にどういうことをされたために、そうなったと思うか

・本音を言えば反対されることが分かっていた

・けなされて育ったために自分に生きる価値がないと思うし、せめて人のためにならないと生きている価値が無いと思う

・休んでいるあいだに他の人が先に進んでわたしは取り残されてしまうと言われた

・中学のとき、学校に行きたくないと言ったら平手打ちされたことがきっかけで弱音を吐いても誰にも理解されないしそんな甘えは許されないと思った

・家でも学校でも孤独なら死んでいるのと一緒だと思っていたので人に嫌われたら生きられないという思い込みがある

・「わたしが良い子にするからケンカしないで」と泣いた記憶がある(中学?)

 

⑤ぶつけたい思いを思いつく限り書きだす

・感謝を強要してくるのはどうかと思う

・結局ふたりは好き合っているのか疑問

・けなさないでとか無理wと言われた 人としてどうなのか

・機嫌や言う事がころころ変わり過ぎ。しかも覚えていない

・ほめて欲しいなら素直にそう言えばいい

・話を聞く前に聞かされていた

・なんなのセックスに恨みでもあるの?

・どう言っても無理なんだからせめて自立だけは邪魔しないでほしい

 

…以上です。

こうやって見えるようになるだけでずいぶん違うんだなあ…というのが感想。自分がどんなことで傷ついていたのか、自分でもまだよく分からないけれど若干見えてきた感がある。

次はこちらの「克服法」もやってみて、わたしならではの方法論も見つけていきたいな。

ac-happyskill.com