ココロをいたわるブログ

言えないけど書きたい心の声

自分にお金が使えない

私は、自分にお金を使うことが苦手だ。他人と遊んだり、プレゼントをあげたり、ということには問題なくお金を使える。だけど、自分のために、自分しか得をしないことに、お金をはたくことがどうも出来ない。

どうも、ご飯も、化粧品も、服も、自分のために投資することに罪悪感があるらしい。

きっと、幼いころから「誰が育ててやっていると思っているんだ」という家庭の中で遠慮し続けたからだろう。私なんかに、お金をかける価値は無いと。

他人から見たら「倹約家なのね!」「しっかりしてるじゃないの~」と、あまり問題にされないし、むしろ褒められたりするのだが、本人からしたら、実はけっこうな悩みだったりする。

 

この夏休み、そんな私が、ちょっと変わってみたいなと思えた本がある。

女の子は、明日も。 | 株式会社 幻冬舎

 

偶然再会した高校の同級生4人が、それぞれの視点から、女性ならではの悩みを乗り越えて、また新たな一歩を踏み出す物語。

「女性を言い訳にしないで生きなさい」という母の言葉に縛られて生きてきた女性が、婦人科系の病気をきっかけに自分と向き合う場面に心がきゅっとなった。

 

私も生理痛が重かったり、間隔が人より短かったり、PMSがひどかったりと悩みはつきない。だけど、一番の相談相手になってほしかった母は性的な話題をかなり毛嫌いすることもあり、医療事務をやっているのに婦人科には「そんなもの大したもんじゃないから病院なんて」と関わりたくない様子。

結局誰にも相談できず「まあいいか、皆苦しんでいるのなら仕方ない」と思っていた。

 

みんなが苦しんでいるから、わたしも苦しんで当然だなんて。

自分で自分に言う事ではないな、とハッとした。

きっと投資に嫌悪感があるのも、そこにあるのだろう。

 

久し振りにバイト代も出たことだし、

今月、初めて婦人科検診に行こうと思う。

自分自身にお金をかけることは、悪いことではないのかもしれないな。

新しい靴でも、買ってみようかな…。

 

 

毒親育ちの友人を見て思ったこと

久し振りに書きます。

夏休み、新しく始めたバイトとドラクエの日々で、気付けばこちらのブログも、枕元に置いている日記も、書くのを忘れてしまい…。
その時その時の感じたことを文字に起こすのってすごく大事なことだと実感。毎日がなんとなく過ぎてしまう。時間を作ってでも、書いておこう。

大学の友人の話。
彼女の両親は、彼女がまだ小さいころ、父親のDVが理由で離婚した。父親はその後、再婚し子どもも産まれ、幸せそうに暮らしているという。
一方、彼女のほうは母子家庭となり、経済的に厳しくなる一方で、母親と一人娘の関係は共依存になっていった。

 

このままではいけないと感じた彼女は、大学はあえて地元を離れた学校を選び、一人暮らしを始めた。今も、しょっちゅう電話をよこしてくるようだ。
典型的な毒親育ちの女性である。

わたしに会うたびに、彼女は「母親とは距離をおかなければ」と思いながらも、どこかで母親を捨てたような罪悪感がある、と話していた。
「今はそう感じるかもしれないけれど、10年後、20年後はそうは思わなくなるかもしれない。親子なんてどこでどうなるか分からないのだから、今は自分にとって良い道を選んだらいい。お母さんも大人なんだから」と、わたしは毎度のように彼女に返していた。


母親から自立したいという気持ちと、それを許してくれない母親への憤り、に反して
本当は誰かに依存していたい、母親に申し訳ない、という気持ちがあるのだろうとすぐに分かった。
そして、多分彼女の母親の隣にはずっと、父親以外の男性もいたのだろうな、とも思った。

彼女には社会人の彼がいる。3年間付き合っていて2つ年上。

彼の家で同棲していて、結婚も視野に入れている、という話もよくしていた。
これまで多くの男性と短い付き合いを何度も続けてきたようで、こんなに長く続いた人は初めてだという。
でも、わたしとの仲が深まるたび、会うたびに彼氏の悪いところばかりを言うようになった。
「察してくれない」などの「○○してくれない」がほとんど。
そのころには、「こんな話ができるのはあなただけだよ」と言ってくるようになっていた。

「彼になんて言ってほしかったの?」ときくと、「うーん、それはわかんないけどさ、もっと言い方があるでしょって話」と、具体的な対応策は出てこない。
「彼には『ごめん、次から気を付けるよ』って言われた」「どう気を付けて欲しいかって話はしたの?」「え?そんなのしてないよ」と。
お互いにとりあえずその場しのぎの対応で、ふたりで具体的な話し合いをすることはあまりしないようだった。

結局のところ、先日instagramで「彼氏と別れました~」と投稿されていた。
別れる前、ケンカしてからずっと彼女が母親のいる実家に戻っていたことも。
一人暮らしの家もあるのに、最終的な依存先はそこなのだ。「実家最高すぎて帰りたくない」と書かれていた。なんだか、力が抜けた。

その投稿に対する色んな人からの「飲みいこ!!!」返信を眺めつつ、
LINEかなんかでも一言、「別れたけど話聞いてくれてありがとう」って、言うのが友達だと思ってたけれど、

彼女にとっての友達は、こんな風にお酒を浴びるように飲んで、彼氏の悪口を言って、笑って、次また男探せばいいじゃんっていうような人なんだな。と、気付いてしまった。


たぶんもう、会う事もないかもしれない。けれど、それでいいと思った。
わたしは、失恋したときこそ、相手に感謝して、自分を磨くもんだと思うんだけど、そういう話は、そういうことを分かってくれる人と話そう。彼女みたいに。

女の友情ってよくわからんものだ。いままであんなに仲が良かったのに、急に疎遠になることもあるし、逆もある。

「男が出来たら女友達は3人減る」と言うが、あれはマジだ。経験談。おそろしいよ。


「疲れたって言葉はわたし言わないようにしてるの。周りの人がもっと疲れちゃうから」という、彼女に出会ったときの言葉を思い出す。
人の悩みや相談を受けるとき、「あなたのために聞いている」と思ってはいけないと、分かっていたはずなのに、ショックを感じている自分がいた。
わたしも彼女も、自分で自分の幸せを見つけられるようにならなきゃね、と思った。

 

ACにも多い、HSP(人一倍敏感な性格)を知ってちょっと楽になった話

今回はACとHSPについてのお話。

HSPはHighly Sensitive Personの略,つまり「人一倍敏感な人」。AC関連の本を読み漁るなかで、この言葉を知りました。

人一倍、感受性が高い。音や光やにおいに敏感。他人の考えていることがテレパシーのように分かる。他人が怒られていたりイライラしているのを見るとこっちまでなぜか具合が悪くなる…などなど。

生まれつきと言われますが、小さいころから家庭で緊張状態にあったACにも多くみられるのだそう。環境がものを言うのかもしれません。

わたしはかなーり当てはまるので、自分だけじゃないんだーと安心しました。

 

本屋でACを調べるたびに自分のトラウマがフラッシュバックして、めちゃくちゃ辛い気持ちになるんですが、良いこともあって、最近母親のことを客観的に見られるようになりました。

母親はわたしが大学4年になった今でも「明日は学校だから早く寝なさい」「宿題はやったの」など、まったく変わらないんですね。わたしにいつまでも子どもでいてほしいらしいんじゃないかと気づいた時に、ふと我に返りました。

多分、もう実家からは離れなきゃだめだ。

わたしはいつの間にか、小学校のころの両親のケンカがトラウマになってて「わたしがいないと別れちゃうのでは」と心配してました。でもまあ、先ほども言った通り、今も変わらない。ケンカばかりです。もう、わたしがどうこう言っても親は変わらないんですね。「あの時もっとこうしてほしかった」と言ったところで、謝るような親でもないので、ACは自分で乗り越えなきゃいけないのだと気づきました。

親を変えるのは無理だ。自分が変わるしかない。

 

 

ちなみにネグレクトを受けていた友人(女性)は、せっかく大学入学とともに親元を離れられたのに、同棲している彼氏と就活をきっかけに揉めたことでまた実家に戻っているよう。何度も母親の共依存で相談を受けていたのに、なんだか気が抜けてしまいました。

コントロールしようとする母親・過保護な母親と、ネグレクトする母親は、ある意味対極にいる存在。

その子どもも、人間関係への執着の仕方に違いがみられるのかもしれない。前者は深い関係になるのを恐れ、後者は構ってもらえなくなると愛情を試すのではないかと、まわりのACを見て感じる、今日この頃です。

「きみが一番好きだよ」=「御社が第一志望です」

無事に内々定をいただき、就活を終えることができました。

今日はそんな就活話。

 

とはいえ、ここのところ、内々定を頂いた会社で本当に良いのか悩んでいました。大学の就職課に相談しに行ったり(実は内々定後に就職課を初めて利用した)、改めて就職本を読んだり…。

「結局のところは働いてみないと分かんないよ」と色んな人に言われ、「どうやら確かにそうらしいな…やってみるか…!」と悟りを開けるようになるまで、かなり時間がかかりました。

マリッジブルー」のように「内定ブルー」なんて言葉があるらしい。初めて知りました。まさにその状況ですが、入社を決めたものは決めたのだと、うまく切り替えられるようにしたいもの。。

 

今年も早速、内定率を知らせるニュースが出ています。「3割がもう内々定を取っている」とか風の噂で聞きますが実際のところはこのようです。

 

・2018年卒学生の4月末時点の内々定率は、前年同月比4.1pt増の23.0%(2017年卒4月:18.9%)で、前月と比べると16.7ptの増加。

内々定を複数企業から受けている学生の割合は28.0%。

という内容から、一見「今年は内定率が高いんだな」といった具合ですが、

・理系男子が28.4%で最多となり、理系女子が25.9%。

・一方、文系男子は22.2%、文系女子は18.1%

一番高い理系の数字を取り上げているだけなんですね。報道の見出しって本当にてきとー。

 

就活を振り返ると、いろんな会社、いろんな学生がいるもんだと身に染みて分かりました。

どれがホワイトでどれがブラックなのかは、その人の譲れない条件がどこにあるかで変わるんだという事も分かりました(命にかかわるレベルを除けばの話だけど)。

そして、その条件はこっちから質問で聞かないと、大抵開示してくれません。てか聞いてもはぐらかされたら、その場でこっちから願い下げればいい。

説明会で「質問はありますか?」に誰も質問しないこと、しょっちゅうなんです。苦手教科の授業の挙手でもないし、みんなで手を挙げればこわくない。そう思いました。雰囲気めちゃ悪くなるから…。

 

そして、これが大事なんですが

自分の周りの友人や恋人との今後の関係を、客観的に考える機会でもありました。

 

・個人的には、「就活の進捗をTwitterやLINEで全体にむけて言う」のはマジで地雷だと思ってます。言う必要があるときは個人で。LINEひとことやタイムラインで「就活おわった」「進捗やばいです」「もうダメかも」とか言う人が最近になって増えたので、もう阿鼻叫喚です。受験時にも言えること。

受かった時に「おめでとう」と言ってくれる友人は大事にする。「いいなー」「ずるい」「私なんて…」と言う人は今後の付き合いを考える。出世、結婚、出産…、これからライフイベントごとにデジャヴが起こる予感。

・就活をめぐってカップルが別れるケースが多いが、だいたいは恋人の進路をコントロールしようとする束縛が原因。「地元で就職するから付いてきて。じゃないと別れる」と言ってフラれる、大学の授業があったときは毎日のように会っていたのに、授業も無いし就活で忙しいしですれ違いが起こる、が周りを見ていると多い気がする。(わたしも気を付けよう…)

 

月並みな感想ですが、良くも悪くも、自分を振り返るいい機会だなと思いました。

就活はよく恋愛に例えられますがまさにその通りで、

合コン(合同説明会)で良い人(会社)を見つけ、連絡先を交換(エントリー)して面接(デート)まで進む。

「きみが一番好きだよ(御社が第一志望です)」と言いながら。(実際、「一番好き」と言ってる時点で二番、三番がいるんだよね?と思ってしまう)

 

そんな中で、自分を飾って意識高いこと言ったって自分に合った相手なんて見つかるはずがないんですね。毎回のデートで10万かけてベンツをレンタカーしたら疲れます。

たまにはラーメンでもいいよ、いやわたしはイタリアン一択よ、そんな価値観が合うところが一番ミスマッチの少ない会社選びになるのだと思います。

 

これからは仕事に使う知識の予習にシフトしていき、自立のための資金集めをスタートする予定です。大学の図書館でたくさんの本も読みたい。学生でいられるのもあと少し、楽しみながらがんばるぞー。

恋愛の「甘え」と「頼る」の境界線

なぜか、わたしは恋愛相談を聞く機会が多い。

今の彼氏と付き合って1年半と恋愛経験値はそんなにないけど、下手に共感せずに話だけ聞いてるだけ、というわたしのスタンスが、向こうにとっても楽なのかもしれない。

今日もその日だった。

 

大学のサークルの先輩後輩で付き合い、なんだかんだ同棲してもうすぐ3年になる友人。現在社会人の彼と就活生の彼女。お互いにすれ違い「わたしの気持ちを察してくれない!」とケンカしたばかりらしい。

とは言うものの、「彼氏に「察してほしい」とか「デリカシーがない」とよく言っているけど、具体的に彼にどうしてほしいの?」と訊くと、案外頭を悩ませる。

具体的に「こういうことは嫌」「これをしてくれると嬉しい」ということがぼんやりしてる状態で「わたしの気持ちを察して」「わかって」と言っても酷だろう。。。ちょっと彼に同情してしまった。

そう言って来月あたりにはまたラブラブに戻ってるんだろうから、女ってわからないもんだ。

 

まあそんなたわいもない話も多いけれど、けっこう重めの話も聞くことがある。

(トラウマある方はスクロール注意)

 

「彼氏におやすみとおはようのラインを送らないと怒る」「怒ると怖いけど普段はとっても優しいの」と話す知人。(そのあいだにも彼氏からの着信が止まらない)

突然に、コンドームなしでしたい、と思いつきで言われて、はじめて違和感を覚えたらしい。

「そういえば、セックスのときは痛いのに全然配慮してくれなかった。この前もしたいからと急に呼び出されたし…」と思い出すようにやばいエピソードを連発するので、「いや、そうなる前におかしいと思わなかったの?」ときくと「初めての相手だからそんなものだと思ってた…」。

 

彼氏が細い筋肉のつかない体型にコンプレックスを持っていて、ぽっちゃり体型を気にする彼女をあの手この手で痩せさせようとする人にも出会った。

 

そもそも、就活していると揉めるカップルは数知れず。

とくに上京組は泥沼で、「わたしは田舎で就職したいから、あなたも付いてきて。じゃないと別れるから」という爆弾を投下したりする。

 

たぶん、みんないつの間にか、

恋人があくまで他人だということを忘れてるんじゃないか。

「察してほしい」「わかってほしい」という気持ちも、体型のコンプレックスを恋人に押し付けるのも、自分と恋人の境界線がぼやけている。DVを受けてることに気づかなかった知人も、その状況を客観的に見る事が出来ないでいた。

わたしは割と親しき中にも礼儀ありだと思っているし、彼氏はほめて伸ばしつつ外へは良い意味で泳がせておいて、ふと戻ってきたときに「あれ、こいつの隣は心地よい場所だなあ…」にさせたほうがお得だと思う。(まあ、理想論でしかないけども)

 

自分が何を求めているのか分からないのに、分からないまま、その瞬間感じた違和感やもやもやをとりあえず相手にぶつけている。

これを「甘え」というのではないかと思う。

「これをされると傷つく」「こういわれると嬉しい」「次はこうしてほしい」そうしたオーダーは、相手に幾分かお願いするから、その内容には責任が伴う。

「やっぱりこれは違った。あまり嬉しくなかったわ」なんて変更も、自己完結できないので再度オーダーする必要がある。

これが「価値観のすり合わせ」でもあり「頼る」ということなのだと思う。

 

さて、わたしたちはきちんと出来ているかな。

今度ふたりで会った時、話してみよう。

苦労することが目的になってない?

今日は久し振りに、嫌なことをNOと言えた。

大学のゼミの飲み会のお誘いだ。

他の人にとっては小さいことかもしれないけど、断れない性格のわたしにとってはすごく大きいこと。それをやってのけたのだから、一歩前進できた気がする。

やっぱり飲み会はいつやるかより誰が来るかが問題なんだ、と知った。

次からは、初めは「予定は未定」で出席出してぎりぎりまでメンバーを確認して検討することにしよう(幹事ごめん)。

 

卒業論文を代替課程で回避しようとする人が相次ぎ、去年のメンバーが今年は散り散りになった。去年のメンバーは正直微妙だったので、まあ、その分真面目な人が集まってまあまあ居心地のいいゼミになったな、と思っていたところだった。

なんと今後は、去年のメンバーも交えての飲み会になるという。えええ。

 

わたしと同じ日程に〇を付けたのは、地雷がどこにあるか分かんない(とくに女子へ幻想を抱いている)デリケートなギター弾きのウェイ、2年前に二人でデートしたけどクソほどつまらなくて速攻距離を置いたらその後急速に太ったぽっちゃり君と、わたしに仕事を押し付ける責任転嫁が得意なサブカル女子。この3人が飲み会に来ると聞いてうわあ…となった。

でもこれ、今までなら我慢して行ってた。

 

けれど、最近自分をAC(アダルトチルドレン)と気づいて、人に嫌われることを極端に恐れる欠点を知ったわたし。これは自分の殻を破るチャンスと思って良い訳を作りなんとか脱出した。

(直後にサブカル女子も「わたしも予定つかなくなりました~」と断ってきた。まるでわたしと共謀したかのように…。こういう、わたしの真似をしたり、トイレまでとことん付いてきて自分の地位を確立するタイプの女子に何度泣かされたことか…←女子あるある?

 

自分の居心地がよいように、自分の時間を使っていいということ。そのためには嫌なことは断っても良いんだということ。これまで知らなかった。

自分にお金や時間を使って「よく頑張ったね」と甘やかしても、罰は当たらないらしいぞ、わたし。

就活やってても、毎日休む間もなく忙しいことで自分は就活をしているという安心感を得られる人がいる。「最近3時間しか寝てねーわ」とかね。本当に出来るやつは能力を買われてスカウトされるので、何十社も受けずとも内定なんてとっくにもらっているんだけど。

 

わたしも周りも、いつの間にか苦労することが目的になってる気がする。

 

10時ごろにやってる主婦の情報(討論?)番組で「自分の子どもに苦労をさせたほうがいいと思うか?」というアンケートに7割の主婦が「苦労させたほうがよい」と答えていたが、子どもなんて勝手に外で苦労をしているもんだ。学校で、登下校で、放課後の校庭で、友人関係や成績、ませてたら恋愛にも悩み事は絶えないと思う。

家でも「100点以外は認めない!」と厳しく育てられた優等生仮面のわたしからすると、せめて家庭では認めてやって、家は(もしかしたら唯一)自分の味方になってくれる居場所なのだと感じていれば、よそでも「必要な苦労なら受けて立とう」「これは不必要な苦労だからやらない」と勝手に判断力を磨いてくれるんじゃないかなと思う。

これを「めんどくさがり」と批判することはない。「めんどくさい」と思うことに親が「やりなさい」と言ってもやらされているだけになってしまうのだから。「やりたくない」のか「やる気が出ない」のか「変化を怖がっている」のか、という心理状況に目を向けてやればいい。やるかやらないかは本人次第だ。

 

わたしはこうして、自分の文章を書くことが好きだから、現時点で1437文字を書いていても全然苦にならない。だから卒業論文2万字なんて足りないだろとすら思う。でもそれが嫌で代替単位になる教科を取る人もいる(なぜ大学に…?)。

どんなことに苦労して、楽するのか。どんな趣味をもって、どんなことにお金を費やして、どんな人に恋するのか。そんなの自由だ。そのルールとして法律ってものが定められているから、反対に言えばそれ以外は、自分で責任とれれば何したっていい。

 

わたしもそうだし、ほかのACの方にとってそれを実感できただけでずいぶん楽になるんじゃないかな。

 

趣味を否定されたり、着ているものを似合わないと言われたり、けっこう傷つくこともあるけれど、他人を否定して自分を上げようとする人の中身を見てみると案外空っぽだったりする。世の中で流行っているだとか、結局人任せの水準で生きていることも多い。

自分で自分に落とし前つけて、幸せから逃げずに、生きていきたいものだなと思った出来事だった。飲み会分の浮いた3500円+交通費2000円で、わたしなりの楽しみ方をすればいい。

無理な人付き合いは避ける、というミッション、これでなんとか乗り越えていけそうな気がした。

学校のキャリア教育は鵜呑みにせず参考にしようって話

就活をしていて思うのが、「大学の就職課が言っていることと全然違うじゃん!」って思う事がありまくること。まあ毎年おんなじレジュメでおんなじ内容を教えてるんだろうからそりゃそうだわなって感じなのですが…。

「就活は人それぞれでいいんだな」と思ってよいことと、「いやこれは皆と同じようにやっとかなきゃあかんわ」ってことの線引きって難しい。でも、自分なりに考えておかないと泥沼。いつまでたっても終わらない人は、そこを人任せにしているケースが多々あります。

ということで、周りの就活生も客観的に見た中で、わたしが疑問に思っていることをまとめてみました。(もしかしたら皆言わないだけで「それな!」って思っているんだろうか?)

 

・大学の就職課の言う事すべてを信じこみ、ある意味「人任せ」にしてしまう

大学には、デカいか小さいかはさておき就職課(キャリア課・キャリアサポート課などかっこいい名前のとこもある)があります。そこに相談することは全然良いことですし、むしろ全く利用しないとなるとやばいんですが、宗教かよっていうくらい信じ切っている人が少なくないんですね。

「住所のふりがなに、301『号室』にも『ごうしつ』と書きなさいと言われた。マンション名のカタカナにもふりがなを振れって言われて、書ききれないよ~」と言う友人。「いやいや、カタカナにまで付けるのはやりすぎでは…?」と言うと、「でも、就職課の職員の人が言ってたから大丈夫!」。

「自分だと文章にするのが苦手なので、自己PR文を考えてもらいました!」という強者もいて、もはやそれ著作権大丈夫…?と聞きたくなるエピソードも。

就職課の職員さんも人間です。「履歴書・ESの添削お願いします!」と言うと、あら探しして「ダメなところ」を見つけようとします。そういう職員さんがダメということではなく、大切なお仕事なんです。客観的にダメ出ししてくれる人なんてなかなかいません。

なので、誤字脱字や接続詞など「日本語的に間違っている」という指摘、履歴書のこれはお約束!な書式が出来ていないなど「常識的に間違っている」指摘については素直に受け取り、内容に関しての指摘は鵜呑みにせず参考にすること。提出するのはあくまで自分の言葉・文章にすることが大切なんじゃないかなと思うんです。先ほど挙げた人達の文章には一貫性が無い印象を受けたので…

 

・とりあえず手帳を予定で埋めまくらないと心配

とりあえず何十社と受けまくろうとすると、スケジュールがきつすぎて体調を崩しかねません。しかもなぜか体力に自信が無い人ほど身体に鞭を打って手帳の予定をびっしりにします。真面目なんだろうけれど…。このスケジュール感覚は社会人になっても続くと思うのでわたしはかなり気を配ってます。

そもそも「同業他社がある中、なぜうちを?」の質問に答えられないのではないか?もしくは「御社のビジョンに共感して…」など他にも使いまわせる程度の意識たかいたかい返答になるのでは?とも思うんですが…どうなんでしょう。こういうのを要領よくこなす人がほんとうに出来るやつなんだろうなあ。

 

・業界にこだわる人ほど業種はどうでもよい。業種にこだわる人ほど業界はどうでもいい。

「俺は営業やるんだ!」って人ほど、受けてる会社の業界や、会社自体の目指してる目的がばらばら。「○○業界に入りたい!」って人ほど、職種はなんでもいいから入るんだって言う。

大学は会社名で就職の実績を残したいので、分かりやすいBtoCだったり金融だったりを推すんですね。「どんな働き方をしたいのか」というところを考えさせるキャリア教育は実はあまりありません。思考停止に追い込む形が多いので、それに自分で気づくことができたら冷静に業界研究ができるのかな(もちろんそこは教育が変わったらいいのですが)と思います。

 

・「40年後も生き残る会社を選びなさい」と「今の時代、転職も視野に入れた会社選びをしなさい」のダブルスタンダード

40年後が分からないから苦労しているんですけどね…。

こういうことを言うのは年配の方に多いです。「女の子は年をとるのが早いからねえ」とセクハラまがいのことを言われたので、指導を受ける人は年齢や性別が偏らないほうがいいかもしれません。

 

 

と、ここまで書きましたが、

つまりは「就活なんて人それぞれなんだ」ということを教わらないと、「就活生のあるべき姿」とのギャップに苦しむということ(わたしもそうだった)。

学校の広告にもなるし大手就職支援会社に委託すればそれでいいやーというのはあんまりですね…。

利用する側も、「アドバイスいただいてありがとうございます。(あくまで)勉強させていただきます」という心持でいたらいいのかな、と思う次第です。